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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1856号 判決 1957年12月09日

控訴人(被告) 国

被控訴人(原告) 小林勝美 外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする、」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、及び証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において、「本件解雇は昭和二十九年二月二日付附属協定第六九号に基いてなされたもので、被控訴人らの合唱行為を組合活動であると認識して、これを決定的理由としてなしたものではない、すなわち、駐留軍の指揮官が或る労務者を、保安上危険である、との理由で解雇するのが正当であると認めた場合に、渉外労務管理事務所長の意見を検討した上、なお保安上危険であると認めた場合には、これを極東空軍司令官に報告するのであるが、同司令官は、そのなす決定を慎重かつ厳正ならしめるため、これを極東空軍保安委員会に諮問する、同委員会は一九五四年八月一日設置され、外国人に関する保安解雇事件その他に関する軍司令官の諮問に答申する権限を有するのであるが、軍司令官直属の調査、情報機関が収集した一切の資料に基いて検討を加えた上、更に同委員会において資料を必要と認めるときは、その調査機関に命じて調査報告をなさしめ、その決議は、規則上は出席委員の過半数を以つて議決することになつているが、従来、全員一致をもつて議決されている、本件についても全員の一致を以つて議決された。しかして右保安委員会の決議は、さらに司令部内の関係幕僚機関によつて審査され、a当該労務者が保安条項に該当する危険人物であるとの判定が公平、正当になされたか否か、b右判定が同人の組合活動その他保安条項以外の理由で当該労務者を排除するための口実としてなされていないかどうか、の点について再審査を経た上、軍司令官に答申される、しかして軍司令官は右答申に基いて決定をするのであつて、被控訴人らに関する審議において、a被控訴人らが組合員であるか否か、bその組合活動の状況、cその交友者が組合員であるか否か、a、その交友者の組合活動の状況については、なんら調査されなかつた、よつて保安上の理由による解雇の決定は叙上の慎重な手続を経てなされるものであつて、労務者の組合活動を嫌悪して、これが故に解雇を決定することはありえない。」と陳述し、被控訴代理人において、「極東空軍保安委員会の組織及び手続についての控訴人の主張事実は知らない、その他の事実は否認する、」と陳述した外、原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。(立証省略)

理由

本件解雇はアメリカ空軍が、いわゆる附属協定第六十九号に基き、被控訴人らが保安基準に該当するものである、との理由によつてなしたものであることは当事者間に争のないところである。しかしていわゆる保安解雇についてはその理由となるべき具体的事実が示されないのであるが、軍が真実これに該当するものと認めてなした処分であるかぎり労働者は右協定により拘束を受け、これに対して不服の申立をなすことはできないものと解すべきである。しかしながら、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定第十二条第五項及び第十五条第四項によれば、駐留軍労務者の労働関係については日本国の法令の定めるところによることとなつているのでアメリカ空軍司令部は日本人労働者が労働組合に加入したことまたは組合活動に従事したことを理由としてこれを解雇することは許されないところである、それゆえ、たとえ表面上の理由はその労働者が合衆国の保安上危険人物であるというにあつたとしても、その実質的理由が組合活動をなした点に存する場合には不当労働行為として解雇を無効と断ぜざるをえないのである。控訴人は、米軍が労働者を保安条項に該当するものとして解雇する場合には、司令官の恣意は許されず、必ず保安委員会の調査並びにその調査資料に基く議決を経、さらに司令部内の幕僚機関によつて厳正に再審査された上、決定されるのであるから、保安解雇を口実として組合活動その他の理由により解雇することはありえない、右委員会に提出される資料には組合活動に関する調査資料は含まれないのである、と主張するけれども、右保安委員会に提出される資料が保安関係のもののみに限られ、組合活動に関する調査がなされない、という点については、これを直ちに肯認しうる資料がないばかりでなく、その労働者が米国の保安上危険な人物であるか否かを判定するためには、その者の人物思想は勿論、公務上及び私生活上における行動、態度にいたるまで詳細に調査することを必要とするものであることは容易に推認しうるので、これらの調査のうちには当然その者の労働組合加入及びその活動に関するものも包含されるものと推認させるをえない、従つて本件解雇に当つても、この点の調査が行われなかつたとはとうてい考えられない。しかして、本件において、被控訴人らが保安上危険人物であると判定されるにいたつた原因たる具体的事実についてはついにこれを明らかにすることができないのであるが、本件に現われた全証拠によるも、被控訴人らがかくの如き人物であるとの疑を抱かしむるような客観的資料は全くこれを発見することができないことと、被控訴人らが原判決認定のような各組合活動を展開していたこと及びその活動に対して、フィンカム基地、サプライ・ヘッド・クォーターの人事課長ジェームス、畠山その他の係官が嫌悪の情を持つていたことの原判決挙示の証拠により認めうる事実とを合わせ考えると、本件解雇は、その表面上の理由はともかく、実質的には被控訴人らが前示組合活動をなしたことを理由としてなされたものと認めざるをえない。控訴人が当審において提出援用した各証拠によるも、右認定を覆えすことはできない。その他当裁判所は原審と同一の理由により被控訴人らの本訴請求を認容するのを相当と認めるので、本件控訴はその理由なきものとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決した。

(裁判官 岡咲恕一 龜山脩平 荒川省三)

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